続けたくなる中国語検定

私は、東京都で当時使われていたN書籍の教科書を読んでみることにした。

読めば読むほど、元気がなくなってくる。 こんな日本人の子孫なのか…と生きる力など到底湧いてこないような教科書であった。
もちろん、事実は事実として当然載せるべきだが、あまりにも元気のなくなるような記述が多い。 勉強も良くする普通に成績の良い子が事件を起こすと「普通の子でした。
いい子でしたが、信じられません」との知人のコメントをよく耳にする。 しかし、普通にまじめに学習していれば、普通に良い子になるのか?「どうせ、いやな日本人の子孫なのだから…」と生きる元気もなくなるような教科書で勉強しているのに…。
教科書を丹念に勉強すればするほど、自暴自棄になりそうだ。 ところが、スポーツや他のことに興味を持ちそこに情熱をかけている子は、目的があるので元気がいい。
いやな日本の歴史を教えられても、自己の情熱で消化してしまうのであろう。 子供らしくていい。
中学生と話をしていて笑ってしまったが、雑談のなかで、戦争の話になった。 「戦争したの?」「どことしたの?」「それで、どっちが勝ったの?」と聞かれてしまったので、冗談で「もちろん、日本が勝ったのよ」と言うと、にっこり。
「そうだよねえ…」という晴れやかな顔をした。 あわてて本当のことを話したが、豊かな日本の繁栄の中で育った子達は、どうみても敗戦・占領があったとは思えないのであろう。
N書籍の歴史教科書は、写真が多い。 写真だけ見ても、「自国を愛し」の学習指導とはほど遠い。

本当に日本の圭月少年を教育するための教科書であろうかと、悟然とする。 権力者・軍と民衆・奴隷との戦いの歴史書なのである。
戦いの歴史書から平和な心は生まれない。 分別ある大人であれば、たとえ内容が偏っていたとしても、歴史には明暗があるものだと考えることができるだろう。
しかし子供達の頭の中というのは、まだ真っ白なキャンバスだ。 正しく検証するためには、たくさんの事実が必要ではあろうが、限られた時間に真っ白な純粋なキャンバスに描く絵としては、やはり偏っているのでないだろうか。
掲げられた写真や絵。 促進をのべ、のち女性運動のたたかいを支援した写真は事実を語るが、すべての真実は語らない。
きわめつけが、あっと驚く昭和二十年の終戦の日。 ページの三分の一の大きさで、ソウルの西大門刑務所から出獄した独立運動家の写真が掲載されているのだ。
そして、「解放を喜ぶ民衆ソウルで日本のこどもたちが見たもの」「十二時にラジオをかけると天皇の放送が雑音まじりで流れた。 放送が終わるとまた街頭マイクで朝鮮語の放送が流れた。
するといっせいに土地の人々の家に朝鮮の旗がひるがえりました。 ラジオ放送に耳をかたむけていた朝鮮の人々は、一瞬「万歳」とさけんでとても喜びました。
「月十五日の子供達」と、やはりページの三分の一を使っているのだった。 校他国から「日本人は信用できない」と思われてしまったことが、口惜しい。

教科書検定に携わった人の中に、日本を他国に売る人がいたということである。 貴重な敗戦のページは、三分の二がまるで韓国の教科書のようである。
私の記憶では、私が幼かった頃習った教科書はもっと違っていた。 皇居前にひれ伏し泣き崩れる写真が教科書に載り、子供心に、「たくさんの人が亡くなって悲しかったのだろうなあ。
悔しかっただろうなあ」と思ったものだ。 現行の教科書が子育ての見地からふさわしくないとの観点から、H社の「新しい歴史教科書」作りが始まった。
検定は公正を期すために表紙が白になっている。 そのため白表紙といわれるが、その内容は当然、検定委員しか知らないはずである。
検定後に、なんだこの教科書はと問題視されるのであれば道理は通っているが、検定中にその内容が問題になった。 ありえないことだ。
どういう了見か、他国にご注進した検定委員がいた。 日本人でさえ知らないはずの検定中の教科書の内容が、他国に漏れたのである。
白表紙が他国に漏れたことは、日本人として恥ずかしいことである。 検定の内容よりも、日本の中学校歴史教科書は、H社の教科書を含めて八社ある。
国定教科書ではないのだから、そう目くじらを立てて反対しなくても良さそうなものであるが…。 教科書採択当日の教育委員会の傍聴では、傍聴席は二十席しかないというのに、百人以上押しかけていた。
狭い階段にぎっしり人が並び、並んでいる人々から苦情の声があがる。 「抽選しますので、それまでしばらく並んでお待ちください」と区の職員に言われても椅子があるわけではなく、だんだん疲れてくる。

「国立ではもっと要領がよかった」「国立では…」「大きい部屋で委員会をすればいいのに、杉並区は何やってるのか」と、明らかに杉並区の住人ではなく国立にも傍聴に行ったのであろうと思われる人たちが言う。 そういう人が押しかけるから人数が多くなり、混雑するのではないのか。
私は、お陰で抽選に外れてしまった。 杉並区の住人を優先して欲しかった。
非常に残念。 抽選にもれた数人は、「あらまあ、抽選に外れちゃったわ。
一緒にお茶にしましょうよ」と気楽に区役所から出たが、そこでびっくり。 明らかにH社の教科書採択反対運動のための活動家達がカンパ箱を置き、のぼりを立て、と不安そうに遠くから眺めている区民もいる。
違う意見があることはいいことだが、迷惑はいけない。 自由とは、相手の自由をも尊重した自由でなければならないし、人権も同様である。
区の苦情係に行き、区が騒いでいる人達を認めているのか聞きにいったが、区も困りはててしまった。 「不法占拠であり、区民の迷惑であるからどきなさい」と一緒に外に出た女性が、区の職員とともに抗議したが、取り囲まれ、「あんた達の存在自体がめざわりなのよ」と罵倒されてしまっていた。
びっくりした。 録音テープに取っておけばよかった。
人権をふりかざしている人々がいう言葉とは思えない。 ゼッケンを付け、マイクで演説をし、区役所前を占拠していた。

区役所への訪問者は、教科書採択の関係者だけではない。 採択とは何の関係もない区民も訪問する。
区民にとっては、区役所前の占拠は大いなる迷惑である。 歴史教科書は八つある。
賛成でも反対でもいいから、きちんと論理的に一つ一つの教科書を公平に検証していくのが道理である。 しかし、そうではなかった。
初めからH社の「新しい歴史教科書」についての見解を教育委員に聞き、採択から外してしまった。 堂々と自分の見解を述べた委員はただ一人。
先の最後に決まった女性教育委員は、難しいという理由でH社の教科書には反対。 全国的な採択の結果については、ご存知の通りである。
一部で採択はされたが、ほとんど全滅であった。 ただ、今まで使っていた日本書籍の歴史教科書も採択率二六%に激減。
騒動の種になるであろうと考え、対立するどちらの教科書の採択も避けた結果となったのだろう。 残念な結果に終わってしまったが、多くの大人が中学生の使用する教科書に関心を持ったという点では意義があった。

次代を担っていく子供達であるからこそ、皆で守っていかねばならない。 平成十四年四月には、杉並区で採択されたT書院の歴史教科書が子供達の手に渡るが、子供達の反応はどうだろうか。

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